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八幡竈門神社

TEL 0977-66-1633

〒874-0011 大分県別府市大字内竈1900番地

由 緒

[由 緒] 全国的にも稀な三十六神を祀る


仁徳天皇(在位312-399年)御宇のとき曰く、日本武尊および神功皇后(200年頃説)が西征のとき豊後州速見郡竈門荘亀山に行宮(天皇行幸の仮宮)を造る。このとき国常立尊、天照大御神を始め三十三神奉斎する。
次に聖武天皇(在位724-749年)の御宇、神亀四年(727年)三月十五日豊前国宇佐より仲哀天皇、応神天皇の神霊が竈門荘宝城峯に降臨する。山麓において大神諸男と大神豊永(竈門宮宮司)が相議し、御越山に遷座奉る。既にして亀山の桜樹の枝上に現れる。再び竈門宮に奉斎する(例大祭桜会祭の紀元)。併せて三十五神となる。既に竈門宮と称す。
次いで淳和天皇(在位823-833年)の御宇、天長三年(826年)宇佐より神功皇后の神霊を迎え、併せて三十六神となる。このときより八幡竈門宮と称する。

     資料 (大宮司矢黒家 八幡竈門宮伝記より)

[主祭神] 応神天皇 仲哀天皇 神功皇后 


応神天皇(オウジンテンノウ)・仲哀天皇(チュウアイテンノウ) ・神功皇后(ジングウコウゴウ)・国常立尊(クニノトコタチノミコト)・天照大御神(アマテラスオオミカミ)・田心姫命(タゴコロヒメノミコト)・湍津姫命(タギツヒメノミコト)・市杵嶋姫命(イチギシマヒメノミコト)・素戔鳴尊(スサノオノミコト)・天忍穂耳命(アメノオシホミミノミコト)・天穂日命(アメノホイノミコト)・底筒男命(ソコツツオノミコト)・中筒男命(ナカツツオノミコト)・表筒男命(ウワツツオノミコト)・天兒屋根命(アメノコヤネノミコト)・活津彦根命(イキツヒコネノミコト)・天津彦根命(アマツヒコネノミコト)・櫲樟日命(クスヒノミコト)・天太玉命(アメノフトダマノミコト)・経津主命(フツヌシノミコト)・武甕槌命(タケミカヅチノミコト)・建御名方命(タケミナカタノミコト)・大山祇命(オオヤマヅミノミコト)・加茂別雷命(カモワケイカヅチノミコト)・大山咋命(オオヤマクイノミコト)・高龗神(タカオカミノミコト)・倉稲魂命(ウカノミタマノミコト)・大物主命(オオモノヌシノミコト)・天照大御神荒魂(アマテラスオオミカミノアラタマ)・丹生都比賣命(ニウツヒメノミコト)・金山彦命(カナヤマヒコノミコト)・日本武尊(ヤマトタケルノミコト)・宮簀媛命(ミヤスヒメノミコト)・豊姫命(トヨヒメノミコト)・カゴ坂皇子(カゴサカオウジ)・忍熊皇子(オシクマノオウジ)
               (以上 三十六神を祀る)


[鎮守の杜] 御越山(おこしやま)

当社八幡大神降臨地御越山(写真左)、同石碑(写真右)










神社より約1キロ北の小高い丘の上にある森の中に、八幡大神の石碑が建っている。神亀四年(727年)三月十五日に応神天皇(八幡大神)と仲哀天皇の御神霊が遷座したと云われる神域である。当時、森の中には松の大木が地面を這ったように茂立っており、御神霊がその松に腰を掛けられたと云う事でその松を御越の松と云い、のちの御越町(現在の亀川地域)の地名の由縁になっている。
恒例祭祀

1月 1日 歳旦祭
2月 3日 節分祭
2月 11日 紀元祭
2月 17日 祈念祭
4月 15日 例大祭
    6月 30日 大祓
 11月 15日 七五三祭り
 11月 23日 新嘗祭
 12月 31日 大祓 除夜祭
        
     毎月1日 月次祭

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